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『私から見る中国』作文コンクール入賞作品抜粋(その十)
2021-07-30 09:24

記念賞佳作抜粋(二)

 メディアから得る中国の情報はネガティブな印象のものが多く、実際に接したことがない人には偏った意識を植え付けるものとなる。とても残念だなぁと思う。年代によっては深い溝を感じる人たちも少なくないことは確かであるし、一定の理解もできる。そのような人たちがマイナスなことを言ってくる度に、私は子供には自分の「ものさし」を持って考え、行動できる人になって欲しいと思うようになった。世界は広いし、色々な考えがあり、自分の考えが絶対ではないこと(自分も常に心掛けたい…)。周りが言ったから…ではなく、自分が実際に見て聞いて感じたことを信じて動ける大人になって欲しい、そう思う。世の中から偏見はなくならないけれど、自分の中での偏見を理解に変えてほしい。

 この作文コンクールに応募すると決めて、改めて自分にとって中国とは?ということを考えるきっかけとなった。私にとって中国は、もはや特別ではなく日常になっていて、心の距離もずっと近くなった。私にとって中国とは、悪口を言われたら腹が立つし、良いニュースを聞いたら「そうでしょ?」と心の中で呟く、そんな国。

―段亜貴子『近くて遠い国からふるさとへ』

 

 私は大学2年生の時に、友人の誘いがきっかけで、日中国交正常化45周年を記念した大学生訪中団として、中国を訪問しました。私は中国へ行くまで、中国に対して悪い印象を持っていました。きっかけは、街中の路上でお酒を飲みながら大声で会話をしたり、ゴミをポイ捨てするマナーの悪い中国人観光客や、テレビで中国人が日本人店員の注意に対して逆上するシーンを観たことです。ところが中国へ行き、実際に街中で中国人と話してみて、丁寧に道を教えてくれた優しい人や、気軽に「私、日本語勉強していますよ。」と声をかけてくれる明るい人もいました。中国へ行く前に私が持っていた悪い印象と違い衝撃を受けました。たしかにテレビで観たような人や街中で見かけたマナーの悪い人もいるでしょう。しかし、それだけでなく、優しい人がいたのもまた事実です。それは中国だけではなく日本でも他の国でも同じことだと思います。このように、世の中には多様な人がいるわけで、民族や人種で一括りにしてはいけないということを学びました。それ以来、私は誰でも差別することなく、接するように心がけるようになりました。私にとって、中国は私が持っていた価値観を変えるきっかけをくれました。

―竹下大喜『人生観を変えるきっかけをくれた国』

 

 中国語を勉強するにつれて、中国では官话、吴语、粤语、闽语、客家语、赣语、湘语と7つくらい方言があると知ることになる。それと同様に料理も山東、江蘇、浙江、安徽、広東、福建、湖南、四川など菜系があり、それぞれの地方の食文化が確立されている。言葉も料理ももっと細分化されていたり融合されてもいるようだ。中国は深くて広い、一括りになど出来はしないのだ。大阪にあまたある本場中国料理店もそれぞれ上海、広東、東北、四川など何料理かを看板に謳っている。20年前に食べていたラーメン屋はいったい何処の地方の物だったのだろうか、あの当時は料理に違いがあることさえ知らなかった。中国語は奥が深く修得には長い時間、今も苦戦を続けているが、中国料理の方は大阪に居ながらにしてその奥深さを気軽に楽しむことができ、私の食生活を豊かな物にしてくれており、事ほど左様に私の人生そのものにも彩りを添えてくれている。

―森本初子『中国料理と中国語』

 

 昨年の3月に、武漢の救援の為、カンパ活動を手伝う事から、事態は少しずつ変化していったのである。この日、私は、生まれて初めて、街頭に立って、マイクを握りしめ、即興で、演説をしたのだ。心臓はドキドキし、しどろもどろになりつつも、必死で街を行き交う人々に訴えたのであった。

 (中略)

 他にも様々な事があったが、なまみの人と接する事により、中国、そして中国人の気持ち、人柄が少しずつ、わかってきた。

 国を思う気持ち、両親を思う気持ちなどは、国境を越えても、人間は同じなのだと感じるようになってきたのであった。

 そして、私の中国、中国の人々への見方も少しずつ変化してきた。

 昔のように、もう、中国は他人事じゃないのだ。

 1人の人間として、どれだけの事ができるかは分からない。

 だが、私のように、めざめる人々が、1人でも増えていけば、民間レベルで国民同士の触れ合いは可能ではないだろうか。

 微力ながらでも、中国の見方が、私のように、変わる人々が増えていく協力をこれからも続けていきたいと思う。

―田所季枝『私から見る中国』

 

 2011年3月の東日本大震災の時は唐山にいて、東北の津波の映像に本当のことかと涙した。その時中国人社員から自発的に、日本の人に義援金を集めたいと声が上がった。食堂にカンパ袋が置かれ、名簿と同時に置かれた。その中に義援金額を書き込む欄があり、驚いて指摘すると、中国では当たり前のことですと言われた。

―神澤章『私から見る中国』

 
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